NPO法人クロスフィールズでは、新興国の留職プログラムでグローバルに活躍できる人材の育成、企業・行政の新興国進出を支援します。

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留職レポート

新興国の発展著しい最前線で、自分の力を確かめたい

現地スタッフとの終日議論な日々、まずは相手を理解することの大切さ

株式会社日立製作所 情報通信システム社ITプラットフォーム事業本部 清水 佑樹さん

インドネシア 経済支援

ITエンジニアの清水さんは、インドネシアの情報通信テクノロジーを活用した貧困支援活動に取り組む社会的企業で、ITシステムの構築に取り組みました。

プロジェクト基本情報 - 株式会社日立製作所

■留職者:
清水 佑樹さん
■所属:
株式会社日立製作所 情報通信システム社ITプラットフォーム事業本部
■留職先:
インドネシア(ジャカルタ)
■留職期間(現地):
2013.11-2014.1(3ヵ月間)
■受け入れ先団体:
テクノロジーを通じて農村部に住む貧困層の生活水準を高める活動を実施する社会的企業

留職に参加された動機・きっかけは何ですか?

私は欧米圏への駐在経験があったこともあり、留職への期待は、「まだ見ぬ新興国の発展著しい最前線で、自分の力が通じるのか確かめたい」といった自分試しの面が大きかったと思います。後になって若干留職本流のテーマからずれていることに気が付きましたが、クロスフィールズは生え抜きのスタートアップ企業を留職先として見つけて下さいました。

現地団体から留職初日に依頼内容の説明をいただいた際、「これで十分あなたにとってチャレンジングな内容になっているかい?」と問われたのが今でも忘れられません。私の希望は間違いなく現地団体に伝わっていましたね。

当初の目標を成し遂げられましたが?それはどのように達成できましたか?

一つの目標として、所属する会社から離れた一個人として、形のある何かを作りたい、やり切りたいというのがありました。私の活動テーマは、実際に団体がユーザに提供する商用システムの開発で、目標にはピッタリでした。とはいえ3ヶ月という限られた期間での開発となるため、従来のやり方をバラバラに分解して、現地団体との開発専用のプロセスに組み直すような作業が必要でした。そのために、特に序盤は朝から帰るまでひたすら団体職員の方と話し、彼らのやりかた、考え方を理解することに努めていましたね。結果として、ここで築いた交友関係が後々まで現地での活動をスムーズにしてくれました。

留職を通じて、誰かに言われた一言で印象に残っているものはありますか?

「いつかは自分のビジネスを持ちたい」
言葉自体は日本でも聞けるものですね。それでも私の胸に強く残ったのは、現地で私と机を並べて仕事をしていた友人達(つまり、私に近しい職種の方々)数名の口から出て来たからだと思います。「今の仕事はあくまで他人のビジネス」という言葉も聞けたのですが、素直に脱帽でした。

留職で学んだことは何ですか?それを今後のキャリアにどのように生かしたいですか?

私の場合はソフトウェアでの開発ですが、日本でもインドネシアでも根っこの所のやり方というか思想は同じモノだと理解することができました。もちろん少しの理解と歩み寄りはお互いに必要ですが、全く新しい価値観を要求されるようなことはありません。一方、一時職場を離れたことで、日本での仕事のプロセスで”拘りすぎていた/思考停止な慣習になっていた”点に思い当たることができました。今後弊社はますます世界各地でグローバルな協業を増やしていくと同時に、日本の開発拠点も併せて変わっていく必要があります。そういった潮流の推進に、今回の留職での体験を役立てていけると確信しています。

担当者の声

㈱日立製作所 情報・通信システム社 ITプラットフォーム事業本部 ITプラットフォーム総務部 人事教育グループ 清水佑亮さん
内容

「清水さんは、あれもこれもと、スコープ以外も任されている」
クロスフィールズさんからそんな言葉を聞き、私自身、彼はそこまで信頼を勝ち取ったのだと、とても嬉しくなったのを覚えています。それだけではなく、上記の通り、彼は派遣先団体のメンバーそれぞれが持つエネルギーやマインドに興味を持ち、彼なりの学びを得てくれました。
タフな環境で厳しいミッションを完遂する主体性だけでなく、団体の持つ多様な価値観や、チャレンジ精神に触れて得た経験を、今度は清水さんから職場へ伝播してくれることを期待しています。

クロスフィールズ プロジェクトマネージャー 松島由佳
内容

留職先段階からどんどんと上がる期待値にもめげず、高いプロフェッショナリズムで業務を完遂していく清水さんの姿は、インドネシアの同僚からも非常に頼もしく映っていたと聞いています。帰国後に、清水さんが「日本とはルールの違う世界で、現地の人たちと一緒にルールから構築しながら、型にとらわれず仕事をした経験はこれからも活かせると思う」と言って下さった言葉が印象に残っていますが、その言葉のとおり、これからますます道を切り拓いて下さることを期待しています。

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