Hさんは、資生堂に入社以来、営業とマーケティングを経験してきた。2017年にイントラネットで留職者の募集を見つけ応募したが落選。2018年は、マーケッターとして自社ブランドの海外進出戦略や国内展開などを担当しながら、心のどこかで留職が気になる1年を過ごした。そんなHさんに2度目のチャンスが訪れる。
前年に続き留職に応募したHさんは、志望動機を問われた際、2つの回答をした。ひとつは前年と同じ社会貢献について。もうひとつは今回追加した自身の成長にまつわる動機だ。
「資生堂なら、事業を通じた社会貢献、例えば女性たち一人ひとりに理想の生活を実現してもらうことがきっとできると思っています。将来的にそうした事業を推進できるようになるために留職に行きたかったんです。企業が事業を通じて社会貢献できるという実体験を得たいと思っていましたし、いまの私にはまだその目標を達成できるだけのスキルがないから、留職は良い学びになると思いました」
成長目標
企業にとって本質的な課題と向き合う力をつけたい
ファーグリーンで取り組むスコープ
①ブランドのプリズムを築く(ブランディングに一貫性を生む)
②ブランドの認知度を高める
③新しい収入源をつくる
④新しい顧客を獲得する
事前にクロスフィールズから得ていた情報から、ファーグリーンの課題はブランドに一貫性が欠けることだとHさんは考えた。①に基づき、②〜④を達成することで、自身の成長と留職先への貢献を両立することが目標になった。
渡航直前、ファーグリーンの代表とのSkypeミーティングに臨んだHさんは、留職に対する自らの目的を伝えるとともに、ファーグリーンという組織が何を目指しているかを徹底的に聞き出した。これから3カ月、ファーグリーンの一員として同じ目線で、同じビジョンに向かって働きたいと思っていたからだ。そうした姿勢はメンバーの心を打ち、温かく迎え入れてもらえる関係を築くことができた。あとは、ベトナムで成果を上げるだけだった。
2019年4月、ファーグリーンに到着したHさんは新鮮な環境も相まって、順調な滑り出しを見せた。最初の1週間はインプット。ファーグリーンが提携する農場を訪問し、彼女たちが支援する農家の方々のたくさんの笑顔に触れることができた。ファーグリーンの取り組みがベトナムに良い循環を生んでいることが実感できた。
2週目には、そのときベトナムを訪問していた、京都でソーシャルビジネスに取り組む企業の社長とも交流を持った。それが資生堂で社会課題解決につながる事業を展開する際のヒントに繋がった。
「これまでソーシャルと聞いたら困っている人を助けるイメージを持っていたんですが、この社長とお話ししたことで、ソーシャルな取り組みをする団体と資生堂が連携し、マーケティングでお互いに貢献し合えるイメージが湧きました。自社事業優先にならず、サステナブルな支援をどうすれば実現できるのか知ることができたんです」
あとは、ファーグリーンでのスコープを実行するのみだ。
Hさんは2つのイベント運営を予定していた。ファームツアーとクッキングショーだ。ブランドのプリズムを築く取り組みと並行して、2つのイベントを成功させるべく奮闘する。やがてこの頑張りは、自覚できていなかった自分の弱みに気づく機会をもたらすことになった。
ファーグリーンメンバーとのミーティングするHさん(右)
文字通り、足を使った。2つのイベントへ、ファーグリーンを知らないベトナム在住の日本人に参加してもらうため、あらゆるところに顔を出した。例えば、日本人によく知られているパン教室へ通った。日本ではこうした場所へ通ったことのないHさんだが、普段とは違うことにもチャレンジしようという想いから、パンをつくってネットワークを広げていった。
ベトナムの婦人会にも出席している。特にクッキングショーは現地に在住する日本人をターゲットに据えていたため、婦人会でも交友関係を広げた。SNS上でベトナムの有名なインフルエンサーを見つけたら、ダイレクトメッセージを送ることもためらわなかった。
企業への認知を広げることにもチャレンジしている。雑誌に日本人関連企業の一覧が掲載されていれば、片っ端から電話をかけた。こうした活動の結果、短期間でゼロから多くの人脈を築くことに成功する。
「インフルエンサーの方は快く会ってくれて、定員35名のクッキングショーに一人で10名の参加者を連れてきてくれました。地元で有力な方々とも会うことができ、足を運んでくれる約束も取り付けられたり、ハノイの日本人学校の校長と会えて、協力してもらうことにもなったり。
誰もが名前を知っていて、既に多くの取引先や営業プロセスが確立している資生堂では経験してこなかった、すごく地道な活動でした。断られることももちろんあって、1日ごとに気持ちが高まったり落ち込んだりしつつ、イベントを運営していったんです」
一人ひとりの顔が見えるような体験に、招待した参加者への想いが強くなる。せっかく来ていただいた人たちに「100点満点」と言ってもらえるような時間を過ごして欲しい。そのためにはできる限り入念に準備したい。留職期間のラストに控えた2つのイベント実施に向け、ファーグリーンのメンバーと準備を進めた。しかし、すこしずつ、Hさんとメンバーとの間に溝ができていった。
「例えばファームツアーの場合、植え付けや釣りの体験、ローカルランチなどに参加してもらうんですが、会場のトイレが汚れていたり、釣り池にゴミが浮いていたりする状況が目についたんです。クッキングショーをホテルで開催するときも、前々日まで食材が届かなかったことに苛立ってしまい、仕事のクオリティや進め方についてメンバーとの感覚の違いを強く感じました。
開催ギリギリまで、本当にこのまま実施していいのかどうか迷ったほどです。それでも、実施しようと決断できたのは、ベトナムに長く暮らしている参加者の目線に立ち、本当に私と同じように感じるのかどうかを改めて考え直し、いい意味で自分のこだわりを手放すことができたからでした」
2つのイベントは無事、成功に終わる。計50人近くの参加者を得るだけでなく、営業の過程も含めれば、述べ10,000人以上の人にファーグリーンの価値を伝えることができた。ファーグリーンに対し、見える形で成果を残すことができたHさんだったが、本質的な学びは彼女の内面にあった。
ファームツアーにて農場を訪問
メンバーとの意識のズレに直面したとき、Hさんは自分の傾向に気づいた。
「私自身もそんな風に接してこられたら嫌なのに、細かいことが気にかかると、休日中でもメールで連絡をとってしまっていて……。焦ったときには、周りを細かくコントロールしようとしたり、きつく当たってしまう面が私にはあるんだと気づかされました。
気づけたのは、留職期間中は自分と向き合う時間がたくさんあったからだと思います。留職に参加することが決まってから現地活動の間、資生堂の上司やクロスフィールズのプロジェクトマネージャーから、たくさんのフィードバックをもらうことができ、自分の強みや弱みについてこれまでにないくらい考えることができました」
帰国して事後研修を終えた2019年9月、Hさんの目標は以前よりクリアになっていた。
「イベントを終えたとき、参加者の方々から『さすが資生堂』ではなく、私個人の巻き込み力を褒めてもらったことで、それまでは気づかなかった自分の強みを実感することができました。また、ファーグリーンのメンバーたちは『どうすればこういう結果が出せるのか』と、積極的に質問してくれるようになりました。自分の一生懸命な姿を見て彼女たちにも何かを学んでほしいと思っていましたし、その質問をきっかけに私の営業やマーケティングの知識をよりいっそうメンバーに伝えることができました。資生堂で自分のチームを持つことができるようになったら、マイクロマネジメントではなくチームを信じて任せられるリーダーになっていきたいと思っています」
相手に感謝されることが、自分の強みに気づく機会につながると実感する出来事だった。現地を離れるときには、ファーグリーンのメンバーから「自分たちも気づいていなかった、ファーグリーンの魅力を教えてくれてありがとう」と感謝された。
この感動を胸に秘め、帰国後のHさんは、自分が目標としていた社会課題解決に繋がる事業を始めるべく、早速社内の新規事業コンテストに応募した。「留職に行く前の私だったら迷って応募しなかったと思いますが、ベトナムでの経験を通じて思い描く夢への解像度が上がったから、思い切って応募することができました」
「私なんかより他の誰かがやったほうがうまくいく」、そう思っていたHさんはもういない。留職の経験を糧に、自らの夢の実現に向けて進んでいく。
ファームツアー終了後、参加者と記念撮影
プロジェクトマネジャー
米谷
ベトナムでの業務中は圧倒的な行動力を発揮し、事業につながる人脈を広げていったHさん。「ベトナムにいる間は、日本にいた時には絶対やらないことにもチャレンジし続けようと決めていました」と語っていた通り、異国で未知の場所・人の中にも臆せずに飛び込んでいき、次々と人を巻き込んでいく姿は頼もしく、Hさんの中に秘められていた「巻き込む力」が表出したように感じました。そうしたHさんの姿を見て、留職先であるファーグリーンのメンバーの仕事に対する意識も変わっていったと、ファーグリーンの代表が感謝の言葉を述べられていたことも印象的でした。ご本人としても、改めて自らの強みを自覚し、自信に繋がる経験となったのではないでしょうか。
留職を通し、「思い描く夢の解像度が上がった」と話しているHさんは、帰国後、早速社内で新規事業関連の提案に向けて動き出すなど、新たなチャレンジに向けて邁進されています。そうした積極的な姿勢からは、将来的に資生堂を牽引するリーダーとなってご活躍してくださるだろうという可能性を感じました。これからも引き続き色々なことにチャレンジされることで更に飛躍を遂げられると信じていますし、近い将来、夢を自らの手で実現してくれることを期待しています。
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