NPO法人クロスフィールズでは、新興国の留職プログラムでグローバルに活躍できる人材の育成、企業・行政の新興国進出を支援します。

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NPO法人クロスフィールズでは、“先進企業が注目するNPOとの新しい協働のかたち ~新興国への「留職」で変わる組織と個人~”と題した第2回企業向けフォーラムを開催致しました。(当日のプログラムの開催概要はこちら

第1部では、新興国のNPOに社員を派遣することにより、人材育成・新規事業開拓・社会貢献活動に取り組んでいる、パナソニック株式会社、株式会社リコー、日本アイ・ビー・エム株式会社の方に、各社の取り組みをご紹介頂きました。第2部では、各社の企業担当者/参加者の方々に、これまでの成果や今後の展開をお話頂くパネルディスカッションを行いました。

  • 第1部<先進企業の取組みのご紹介>
  • 第2部<パネルディスカッション>

第1部<先進企業の取組みのご紹介>

まずは、日本企業で初めて「留職」をご活用頂き、新興国への社員派遣を行ったパナソニック株式会社に、“Panasonic Innovation Volunteer Team(PIVoT)”のご紹介を頂きました。

パナソニック版『留職』"Panasonic Innovation Volunteer Team(PIVoT)"

パナソニック株式会社 コーポレートコミュニケーション本部 社会文化グループ
原口雄一郎氏 (プログラム事務局)

新興国の課題に直接触れる貴重な機会

内容

ご存知の通り、現在さまざまなマーケットは新興国にシフトしており、当社も新興国を重点市場と位置づけ事業を展開しています。新興国のタフな状況の中で活躍していける人材を育成していくことは、会社として急務となっています。また、テレビやビデオレコーダーなどを製造してきた当社が、エネルギーやヘルスケアなど新しい事業領域へシフトしていくなかで、新興国の社会課題解決に貢献したいという思いも強くあります。しかし一方で、事業部や研究開発部門の中心はいまだ日本国内に多くあるのも事実です。現地のエンドユーザーが実際に商品を使っている場面を見る機会も非常に少ない。そんな当社の理想やビジョンと、事業が進んでいく現実のギャップを先行的に埋めるため、私たち社会貢献部門ができることはないかと考えて、クロスフィールズとともにパナソニック版留職プログラム“Panasonic Innovation Volunteer Team”(PIVoT)を立ち上げました。

PIVoTは、社員が業務の中で得た経験やスキルを活かし、新興国のNGOが社会課題解決のなかで抱えている障害や課題に対して貢献をするボランティアプログラムです。さまざまなスキルを持った社員がボランティアをすることで、新興国の課題に直接触れる貴重な機会を得ることができますし、会社としては新興国で活躍できる人材を育成しながら、その地域の社会貢献につながる活動が行えます。さらには、この活動を通じて事業機会をつくる足掛かりになればいいとも考えています。新興国で社会課題に取り組む団体と社員のマッチングという部分は、我々一社でできるものではないため、新興国でネットワークを持つクロスフィールズさんと一緒に取り組ませていただきました。現地で活動する社員として山本が手を上げてくれ、PIVoTのパイロットプログラムとして、2012年2月に現地で活動してもらいました。

山本が実際に現地で活動したのは3週間ですが、実に30人以上の人が協力してくださいました。最初、プロジェクトにかかわっていたのは山本ひとりだったのですが、活動先の団体が決まり、社内からリモートチームのメンバーを募り、PIVoTチームができました。そして現地でさまざまな活動をしていくなかで、ベトナムでは現地の団体の商品ユーザーや支援者を、日本では社内の専門家を巻き込んでいきました。

内容

このプログラムを通じて事業機会をつくるため、当社がどのような工夫をしたのかをお話します。1つ目は、今後当社で事業として力を入れていく、環境/エネルギー、ヘルスケア、そして企業市民活動の重点分野でもある教育の3つの分野に特化した形で、その課題を新興国の最前線で取り組んでいる団体に入るということを決めたこと。次に、普段は日本の研究室にこもりがちな研究者やデザイナーなどを最前線で鍛えるため、デザイナーやエンジニア、そしてそれをまとめて事業として生み出せる企画部署の者をPIVoTチームのメンバーに入れて、最小の人数で最大の成果を出せるチームをつくったということ。最後は、現地に行く人数が限られているため、日本からサポートするリモートチームを立ち上げて、一緒に課題解決に向けて取り組んだことです。

このプログラムが会社に与えたインパクトとして、4つのことが挙げられます。まずは、部門や国を超えた積極的なチームワーク。現地へ行った山本だけではなく、PIVoTのチームメンバー、さらには社内のいろいろな部門を巻き込むことで、枠を超えた積極的なチームワークが生まれました。2つ目は、社員の挑戦を応援する組織風土。一般的な事業はトップダウンで進むことが多いのですが、このように一社員からのボトムアップの挑戦を後押ししていくという風土ができました。3つ目は、課題を共有する社内外のネットワーク。新興国への課題を共有するネットワークがこの短期間で構築されていったのは、すごいことです。最後に、新興国の需要開拓につながる課題意識の醸成ができ、また、新しい商品づくりに取り組めるパートナーやフィールドができたということも、大きな成果として挙げられると思います。

パナソニック株式会社 スペース&メディア創造研究所
山本尚明氏 (プログラム参加者)

現地の人と同じ目線で働くことで、深く学び合う

内容

私はPIVoTプログラムを通じ、ベトナムのダナンで活動しているNGOで働かせていただきました。ベトナムの電気のない農村では、薪を使った調理が中心ですが、その際に出る煙で肺や目の病気が増えたり、森林伐採が進んだりと問題になっています。このNGOでは、薪ではなく太陽光を使った調理器を製造し、それらの課題に取り組んでいます。ここで私が取り組んだスコープはふたつ。調理器のコストの削減と、これからの商品戦略の方向性を提示し、ビジョンをつくるサポートです。

この留職で、私は3つのことを学びました。1点目は、現地の顧客が商品を決定するということ。現場の使い方を見て改善点を見つけ、現地の顧客に判断してもらう、そのことこそが大事だと思いました。2点目は、商品の製造や改良も現地思考に立たなければできないということ。日本のノウハウが現地でそのまま活きるわけではないということを学びました。3点目は、分析や仮説を共同で実証していくことの大切さです。ベトナムは新興国ですが、太陽光を使った調理器に関しては日本よりも研究が進んでおり、知識もたくさんあります。そんな中で私たちができることを考えたとき浮かんだのが、彼らが客観的に見られないところを分析するということと、こちらが持った仮説を共同で実証していくということ。コストを削減するアイディアだけを話し合うだけではなく、一緒に汗をかいてものを作ることで初めて、自分たちが何を検証して、議論して、トライしていたのかということを理解してもらえるんだ、ということが分かりました。それ以来、私は「実際にやってみることを続ける」ことを大事にしようと思っています。

最初は「パナソニック社員と、ベトナムのNGO」という感じでしたが、3週間経つと、自分が現地の方に属しているような感覚になりました。一緒に協働して新たなものを作って行くことで、お互いを深く知り合い、学び合う。それが留職の魅力だと思います。

▼ご参考
 パナソニック株式会社 "Panasonic Innovation Volunteer Team(PIVoT)" :http://panasonic.co.jp/citizenship/pivot/index.html

併せて、この取り組みをサポートさせて頂いたNPO法人クロスフィールズから、“留職”のご紹介をさせて頂きました。

“留職”プログラムとは

NPO法人クロスフィールズ 理事 松島由佳

あらゆる枠を超えて社会課題に挑む原体験

内容

私たちが提唱している“留職”プログラム、よく「留学のようなものですか?」と聞かれることも多いのですが、留学のように先進国で、どちらかというと受動的に学ぶのではなく、これからの市場となる、新興国と呼ばれる国のNPOや行政機関に社員を派遣し、そこで自分の本業のスキルを活かして現地の方と一緒に能動的に働いて頂くプログラムです。

留職の導入効果として、大きく3つのことがあります。まずは人材育成。新興国で活動することにより、どんな環境のなかででもリーダーとして活躍できる人材が育つということ。2点目は、新興国開拓のための土台作りです。実際に新興国で働くので、その国の人々がどのように働いているのかということを知ったり、市場を理解したり、更には現地の方と信頼関係を築いていく方法なども学べます。3点目は、先ほどのパナソニックさんの例のように、ひとりの人間が現地へ行くだけで、20人、30人ものほかの社員が巻き込まれていくということ。このような社会貢献のプログラムであるからこそ、「みんなで一緒に頑張っていこう」という共感の輪が生まれやすくなり、違う部署や違う会社・団体の方も手を貸してくれる。そんな新しい組織風土を活性化する効果もあるとも思います。

山本さんの留職を担当して感じたのは、クロスフィールズで“留職”という大きな枠組みを用意させていただくのですが、それを活用する会社によって、それぞれの色が付いていくということ。今回のパナソニックさんとのプログラムも、原口さんや山本さんに料理していただくことで、“留職”がどんどん面白いものになっていきました。

この留職プログラムのなかで、私たちクロスフィールズがどのような部分をサポートしているのかについてお話します。まずは参加者や、その方が属する企業にとって最適な留職先団体とのマッチングです。どの国で、どのような業務をするのがその方にとって一番良いのか、調整を行います。次に事前研修や、現地でのコーディネートです。私も最初の1週間、山本さんに同行しベトナムに行き、山本さんが自分のスキルを活かし、成果を最大化できるよう後方支援を行わせていただきました。3点目は、安全管理面でのサポートです。新興国では、交通や食事など不安な部分も多いと思いますので、安全に遂行していただけるような支援も行います。

“留職”は、参加された方にとって、あらゆる枠を超えて社会課題に挑む原体験となると考えています。もう少し具体的に言うと、まずは社会的な価値の創出という企業活動の根本に立ち返る経験。今回行って頂いたベトナムは、まだまだ物資的に十分でない地域もあります。だから、ひとつの商品、ひとつの事業が、住民に大きなインパクトを与えます。そのような中で過ごすと、「こんなふうに商品が社会の役に立つんだ」と、商品やサービスの価値がリアルに感じられます。次に、心地よい場所を超えて挑戦し、最後までやりきる経験。やはり日本とは仕事のやり方が違います。そんな環境で、ひとつ一つの壁に挑み乗り越えていくことは、日本での普段の仕事だけでは身に付かないものを得るチャンスでもあります。最後は、異なる価値観を持つ人を巻き込んで事業を推進する、新たなリーダーシップの経験。ベトナムの方や社内の違う部署の方などを巻き込んで事業を推し進めることで、新たなリーダーシップのあり方というものを学んでいただけると思っています。そのような新たなリーダーが日本の企業にどんどん増えていく、そのお手伝いをしていきたいと思っています。

※留職プログラムについての詳細は、こちらをご覧ください

次に、同じような社員派遣の取り組みを行う株式会社リコーからも、その取り組みの様子を紹介頂きました。

社会貢献活動と企業の成長の両立を目指すリコー“志チーム”の取り組み

株式会社リコー グループ技術開発本部 副本部長 瀬川秀樹氏

現地に溶け込む経験を通し、参加社員の視野が広がる

内容

リコーでは、留職と似たプログラムの“志チーム”というものを、2年ほど前から行っています。リコーという会社はもともと、日本の中小企業のお客さんに寄り添うことによって、だんだんと企業が大きくなっていくというビジョンを持って事業をしてきました。中小企業の事業を大きくすることで、リコーもいろいろな事業ができるという関係を築いてきたのです。このように、当社が日本でやってきたことを、今度はBOPの現地の方に寄り添う形でやろうというのが、このプログラムの趣旨です。つまり、BOPの人に事業をつくって、その人たちが事業を大きくするためにリコーが寄り添う。そうすると、それがリコーの事業になっていくだろう。そのような心意気でやっています。

このプログラムを行っているのは、インドのビハール州。マーケティングと企画、エンジニアと、複数の部門の社員が最初に1カ月間、現地に滞在し、まずは現地のことをよく知るために生活したり働いたりします。そして一度帰国して、インプットしてきたものを冷静に分析し、再度現地へ行って1カ月間活動します。

日本人なんて見たこともない地域ですから、現地に溶け込むためにいろいろなイベントを行いました。クリケット大会や子どものお絵かき大会を開催したり、歌大会で歌を歌ったり。“アイディア大会”も開催しました。これは、現地の人のビジネスをつくろうという趣旨で、どんなビジネスをやりたいかというアイディアを、現地の人から募りました。そのなかで「インドでは女性の社会進出が遅れていて、服や生理用品も、男性から買うしかない。それがいやだ」という意見が挙がりました。そんな声を受けて、「女性の、女性による、女性のためのお店をつくろう」ということになり、志チームでそれをつくりました。現在も、女性の生活改善を含め、さまざまなイベントを行っています。

私たちはこのプログラムを新規事業創出や社会課題解決として行っていますが、なかなか新規事業という段階までは簡単にはたどり着けません。しかし、社員の人材育成としては、大きな成果があったと思います。参加メンバーは20代後半から30代前半の社員なのですが、感想を聞くと、「自分が仕事にどんな価値を提供できるのかを考える機会を得られた」とか、「途上国に向けたものづくりには、別の視点が必要だと感じた」など、日々慣れ親しんだ仕事のやり方に疑問を持ち、自分で物事を考えられるようになって帰ってきたようです。また、「農村の若者は勉強熱心で、こちらがひるんでしまうほどの知的好奇心を持っていた」と話すなど、新興国のハングリー精神に圧倒された社員も多く、みんな視野が広くなって帰ってきましたね。大企業の中ですと、どうしても社内事情や部門事情とかで、物事をぼやかしてしまいがちなのですが、世の中は、そのようなもので動いているわけではないと、だからこそ自分の頭で考えないといけないと、要は、良い意味で”生意気”になって帰ってきました(笑)

新規事業を立ち上げるとか、社会問題を解決するまでには、長い道のりがあると思いますが、この目標は絶対に見失わずにやっていきたい。その中で、このようなプログラムによって幅広く人材が育つということは、間違いないでしょう。

▼ご参考
リコー株式会社 "志チーム" :http://www.ricoh.co.jp/koko/bop/01/index.html

3社目として、日本アイ・ビー・エム株式会社の方に、“Corporate Service Corps”という、 社員の方を新興国で社会課題に取り組むNPOや教育機関、行政機関などに派遣するプログラムのご紹介を頂きました。

世界で活躍するリーダーを育てる“Corporate Service Corps”の取り組み

日本アイ・ビー・エム株式会社  CSR・環境・社会貢献 川嶋輝彦 氏

BtoB型企業による新興国支援の新しい形

内容

当社では、2008年から“Corporate Service Corps=企業サービス部隊”というプログラムを行っています。ケネディがアメリカの若者を当時の発展途上国、現在の言い方では新興経済国に派遣し、教育や農業の指導を行った、Peace Corps(平和部隊)というプログラムをベースにした企業版のプログラムです。

新たなマーケットとなる新興国では、先進国のロジックを当てはめてビジネスをすることは難しく、先進国とは異なる環境で活躍できるグローバルリーダーが必要となってきます。そこで、ビジネスを展開する前に、新興国の団体に1カ月無償で社員を派遣し、現地でインパクトのあるプロジェクトを支援する試みを始めました。人やもの、お金などのリソースが足りないところに無償でIBMのスキルフルな社員を派遣してサポートするということです。

実際に現地で活動するのは1カ月間ですが、その前に現地の社会情勢やビジネスのルールなどを勉強します。そのうえで現地に行き、さまざまな事業に取り組んでいるNGOのお手伝いをします。2011年末までに、全世界で1400人が参加しており、日本IBMからも51人参加しています。

このプログラムは、会社にどのようなインパクトをもたらすのでしょうか。まず挙げられるのは、新興国で、今までと全く違うビジネス、たとえば社会課題の解決やソーシャルイノベーションなどを学び研究することができるということ。それから、このプログラムは直近3年間に高い業績を上げた社員しか応募できないので、参加者には「このプログラムは有意義だ。自分はすごい会社にいるのだ」ということを体感してもらい、人材確保につながる効果もあります。また、新興国ではIBMという企業に対する認知度が低い場合があるので、スキルフルな技能を有する社員が現地のビジネスを支援することにより、IBMは素晴らしいブランドであるというふうに、企業としての評判を上げられるとも思っています。現地での多様なステイクホルダーとの関係を構築できるというメリットもあるでしょう。

我々はこのプログラムの長期的なゴールを、BtoB型の企業による新興国支援のプログラムの成功例として広く認知されることととらえています。ですからこのようなプログラムを、いろいろな企業にお勧めしています。たくさんの会社がこのようなプログラムを実施すれば、日本のためにも世界のためにもいい結果を生み出すというのが、実際にプログラムを行っている私の感想です。

▼ご参考
日本アイ・ビー・エム株式会社 "Corporate Service Corps" :http://www.ibm.com/ibm/responsibility/corporateservicecorps/

>>第2部<パネルディスカッション>へ続く

第2部<パネルディスカッション>

後半では、3社の企業担当者/参加者の方々に、これまでの取り組みの成果や今後の展開をお話頂くパネルディスカッションを行いました。

企業とNPOの協働からは何が生まれるのか?

▼パネリスト
  パナソニック株式会社 スペース&メディア創造研究所 山本尚明氏
  株式会社リコー グループ技術開発本部 副本部長 瀬川秀樹氏
  日本アイ・ビー・エム株式会社 CSR・環境・社会貢献 川嶋輝彦氏
  NPO法人クロスフィールズ 代表理事 小沼大地
▼進行役
  マーサージャパン株式会社 代表取締役社長 古森剛氏

プログラムに参加した社員は、新たな環境に放り込まれ、生物的な成長をとげる

内容

古森(以下、敬称略):
グローバルに活躍できる人材を育成するプログラムはさまざまな企業で持っていると思うのですが、通常の人材育成プログラムと、留職のように現地に社会貢献をするために行くというプログラムは、どのように違うのでしょうか。まずはそこからお伺いしたいと思います。

山本:
人材育成の研修ですと、机上の空論に留まり、課題解決への提案をしてもフィードバックが返ってこないケースが多いと思います。今回の留職プログラムですと、リアルタイムのフィードバックが返ってきますし、ある期間内で成果を出さなければならないという緊張感があります。また、自社内で行うわけではなく、社会のステイクホルダーと一緒に活動しますので、彼らとともに社会を変える商品をつくる経験が得られるということも大きな違いかと思います。私の場合、3週目の緊張感はすごかった。ジェットコースターに乗っている感覚でした。だけど日本とベトナムが一体となってひとつのプロジェクトに取り組んだことで、本当に充実した時間を過ごせたと感じています。

瀬川:
現地へ派遣する形の人材育成が通常の教育プログラムといちばん違うところは、現地に行くことで、いちばん生物的な成長が促されるのではないかということです。生物的というのは、例えば赤ちゃんは、触れるものや見るものがすべて新しいじゃないですか。毎日同じことを繰り返しているのとは全然違う、あの感覚が戻るんですね。「これを学んでほしい」とかではなく、「はい、この世界へどうぞ」というふうにポーンと放り込まれて、生物的な成長をする。それが普通の人材育成のプログラムと違うところかなと思います。
日本人は、ともすれば頭でっかちになってしまうところがありますが、まずはごちゃごちゃ言わずに一緒に何かやってみたほうがいいと思うんです。そのうち何かが分かります。その「分かる」という感覚は、教育で仕込まれたことではなく、本来の生物が成長していく過程でいつも普通にやっていることなのではないか。このプログラムでは、そういうことの原点に戻れるのではないでしょうか。

川嶋:
私は現地に行ったわけではないのですが、プログラム提供側として参加者の意見を聞いてみると、大きくふたつ挙げられると思います。ひとつは、やっぱり日本人の持っているケイパビリティを正しく理解して帰ってくるということ。たとえば、日本人は議論下手だとか、人を押しのけて話をしないと言われるけれど、調和を生むためには逆にそれが強みになる。それから、これからのグローバル社会では、ネイティブの英語ではなく、第二言語(second language)としての英語を話す人とのコミュニケーションが絶対的に重要になってくると予想されます。だから単に英語ができるかだけで勝負しようとするのではなく、英語を第二言語として学んでいる人たちのなかで、いかにリーダーシップを発揮して職務を遂行していけるかということが重要になってきます。

“社会貢献”という共感の和が社内に広がり、プログラムに関わる人が増えていく

古森:
先ほど、ひとりで始まったプロジェクトが、最終的には30人超を巻き込んだという話がありましたね。このように、少人数が現地へ行ったことで起きる、日本国内での周りの方々の変化もあるのではないかと思います。このあたりはどうでしょうか。

内容

山本:
一緒に参加したチームメンバーの行動力というか、「課題があったら現場に行って解決しよう」という、そういう動きが速くなったような気がします。なかなか新しい取り組みにとりかかれず、もやもやとされていた方が、どんどん発言したり行動できる場作りが増えてきたと思います。それから、同じような取り組みをしている他社を、思いを同じくして社会を変えていくという共同体みたいに感じることもあります。

瀬川:
リコーでは、志チームという名前でこのプログラムを始めたときから、「実は昔からいろいろな社会貢献活動をしていました」という社員がたくさん現れた。「きみは社会貢献に関心があったんだね、知らなかった!」というケースがたくさん出てくるんです。それがまずひとつの大きな効果だと思います。とはいっても、そういう社員はまだまだマイノリティなんですね。だからこういう場で、同じような関心を持つメンバーが出会えることに、大きな意義があると思います。

古森:
IBMでは、既にたくさんの方が参加しているようですが、周りの方の変化はどのような感じでしょうか?

川嶋:
日本での参加者はまだ50人ほどですが、応募者は増加しています。説明会は事業時間外に行うのですが、かなりの数の社員が集まってきています。自分の仕事に不満があるから海外に目が向くのではなく、「自分が生きていく中でこの経験は役に立つ」というふうに、このプログラムをキャリア形成に活かしていこうと考えている方が増えているように思います。

古森:
いい意味のパフォーマンスを上げる一つの方法としてこのプログラムを位置づけているということですか。

川嶋:
そう思います。先ほど申し上げた通り、直近3年間の自分の本業で成果を上げていないと応募できないし、参加するためには所属長が自分のチャレンジを後押ししてくれることが必要となります。だから上司を説得したり、同僚の理解を得たり、1カ月間留守にするので、帰ってきたら自分の経験をお客様にフィードバックするという意識がないと、参加できません。最初始めたころは「なんとなく助けたい」とか「本業とは違うところでボランティアしたい」というふうに、キャリアと切り離されていたかもしれませんが、今は社員たちの意思や夢とある程度つながってきているように感じます。

現地にどっぷり入り込むことで、市場を捉える“解像度”が上がる感覚

古森:
このプログラムをどのくらいビジネスに直結させて考えるかということは、企業によって差があるかもしれませんが、会社の取り組みの中でやっているわけなので、いずれは会社の役に立ってほしいという思いは共通していると思います。このような形で現地の事業のなかに入って活動することを通じて、留職だからこそ見えてきた現地の実情があると思うのです。“解像度”という言葉をつかったらいいでしょうか、活動を通じて「あ、初めてこういうレベルのことが見えた」というエピソードはありますか。

内容

瀬川:
全世界、リコーの販売やセールスがいる国は多いです。しかし、たとえば私たちが活動しているインドのセールスチャネルの人間は、都市部にどういうお客さんがいてどのようなことを求めているのかは知っているのですが、BOPのことは知らないんですね。 今、解像度のお話がありましたが、マーケティングの手法でペルソナというものがありますよね。仮想のお客さんをプロファイリングして、たとえば「こんな生活をしている15歳の若者がいますが、その人にペットボトルの水を売れるでしょうか」というものです。日本人は、普通の日本人のペルソナはいくらでもつくれると思うのですが、今まではインドの農村部のペルソナをつくろうと思っても、解像度ゼロの状態で、さっぱりできなかった。ところが今回参加したメンバーにこのような話をすると、「あの沼を曲がって3件目の家に高校生がいるでしょ」「いるいる」というふうに、ペルソナを超えてとてもリアルになります。ものすごい解像度になったんです。それは、インドの都市部で働いているリコーのセールスチャネルの人間も持っていない解像度です。ただし、これはまだN数がものすごく少ない。志チームのメンバーしか持っていないので、これをいかに会社としての力にしていくかが今後の課題だと思っています。

古森:
なるほど。明らかに見えるものの違いなのですね。実際に参加された山本さんはどうですか。

山本:
そうですね、現地で実際に商品を企画する場と日本では、情報量が全然違いました。先ほど、太陽光を使った調理器のお話をしましたが、現地でいちばん多い使われ方は水の煮沸です。だいたい1世帯6~7名で、1日6~7リットルの水を煮沸しています。なので、この調理器の使用目的の説明は、「煮沸にも、調理にも使われている」とたった2行だけなのですが、この調理器を使うことでどれだけの薪を削減できて、どれくらいの労力が削減されているのかという事実は、現地へ行くまでは分かりませんでした。現地へ入ることで、ものすごく解像度が上がったと感じます。そして解像度が上がると、どのような商品を提供したらいいのかが見えてくる。しかしそれと同時に、見えてくればくるほど、既存のビジネスモデルでは社会を変えられないと痛切に感じます。今後どのようなビジネスモデルをつくるかにフォーカスを当てて検討していかないと、事業につなげるのは難しいだろうと体感しました。

古森:
「新興国」とか「BOP」でひとくくりにしてしまうと、数十億人のことをまとめて話しているわけで、その解像度たるや極めて甘いですよね。そんななか、インドのあの辺の話とか、ベトナムのあそこの話とかのレベルでマーケットが見えてくるというのは重要ですね。まだ全体はカバーしていないN数ではあっても、やはり見えたものが全く違うというのは大きいでしょう。

川嶋:
当社のプログラムに1ヶ月参加した日本の社員が、活動を新興国でのビジネスの種に結びつけたとしても、その成果は日本IBMの事業にはならないんですね。当社では、ヨーロッパ、北米、アジアパシフィック、そして日本にリージョナルな事業体があり、現地のビジネスは、現地担当の事業体がケアしてくというシステムなのです。しかし、改めて日本のソーシャルビジネスを考えると、日本の課題もたくさんあります。高齢化や少子化、6次産業化、シャッター商店街、雇用問題など、日本にもさまざまなイシューがあるんです。そういった日本の社会的課題を解決するために、このようなプログラムに参加された方が集まって、会社を超えて横でつながることはできないかと、私なりの夢を持っています。

古森:
他の地域で見たものがヒントとなって、自分の足元の解像度があがることがあるんですね。

川嶋:
そうですね、それがやはり、日本にとっての健全な成長なのではないかと思います。

古森:
違う視点をもって、もう一度足元を見てみようということですね。

短期的なエコノミクスを超えるNPOという存在

古森:
さて、今回のテーマにもなっているように、今まで日本のビジネスシーンや人材育成にはあまり出てこなかった非営利団体がリーダーシップをとったり、あるいは間に入ってハブになったりしています。このような動きがあることは、非営利の世界とビジネスの世界とが重なる部分が出てきているのだと推測されます。そのことを踏まえ、非営利団体の存在意義や価値がどう現れるかということを伺いたいと思います。

山本:
今回クロスフィールズさんをはじめ、現地のNPOやソーシャルエンタープライズと一緒に活動させていただいたなかで気付いたことがあります。企業が活動するときは経済的なところに目標の価値指標が置かれるのですが、NPOの方と一緒に仕事するときは、「社会課題をどう解決したか」というのが問われる指標になっていると感じました。企業がそういった課題に取り組みたいと思っていて、ユーザーもそれを求めていたとしても、ビジネスの世界ではなかなかロジックが立たないようなところもあると思います。しかし非営利団体と協働することで、課題に関わることができます。また、世の中のお客さんが本当に求めているものをつくるとき、現場の声を聞き、現地の人と協働ですることで、彼らは企業にとっての大事なパートナーになってくれるのだと思います。

瀬川:
インドでの活動のときのパートナーは、NPOに近いソーシャルカンパニーでした。2月にインドでイベントをやったときに思ったのですが、現地のNPO的な団体が関わっていないとまず不可能なんですね。活動も然り、だと思います。それから、30年くらい前だと、「公害を出そうが何をしようが、自社が儲かればいい」という会社はあったと思うんです。しかし、今の価値観では、会社を永続的に続けていくためには、社会的課題にも真摯に向き合わないといけない。それがベースとなり、誰と社会的課題解決に向けてのパートナーシップを組めばいいかと考えたとき、やはりNPOのほうが一歩先を行っているんですね。単純にスキルセットとして並べたときに、その分野においてはNPOのほうが上ということは、よくあると思います。

古森:
非営利であると、たとえば同じ現地のコンシューマーのセグメントに対しても、視点が違いますよね。明らかにコンシューマー側に立って動いている集団と、なんとかしてそこから利益を得ようとする集団。パートナーが違うと、課題への入り込み方や現地のネットワークも全然違ってきますか。

瀬川:
そうですね。NPOではそれぞれ自分の社会課題を細分化して、ピンポイントで活動していることが多いですよね。そこまで深く掘り下げて活動しているところは、NPO以外ではあまりない気がします。

古森:
その深さを営利企業が出そうとすると、大変なエコノミクスのチャレンジがありますね。小沼さん、それをプロデュースしている側として、どう思われますか?

小沼:
NPOがどんな存在かというと、枠を超える存在なのではないかと思っています。今のお話でいいますと、短期的なエコノミクスという枠を超えるという存在といいましょうか。いろいろな企業さんに留職の話をするなかで、「短期的に考えると、人を出すのは難しい」とか、「重要なプログラムだとは思うけれど、短期的に考えると利益にならないじゃないか」というご意見をいただくことがよくあります。そう考えると、本当に必要なことにアクセスできるというのは、短期的なエコノミクスという枠を超えている存在だからなのかもしれません。だからこそ、「本当に必要なことを今やろう」という姿勢は、NPOの強みなのではないかと思います。

古森:
NPOと企業では、持ちうる時間軸が違うと。

小沼:
そうですね、時間軸も違えば、目標としているKPIも全く違います。

古森:
IBMさんも、現地で非営利の組織と連携しながら動いてらっしゃるわけですか。

内容

川嶋:
そうですね。そして連携できる十分なポテンシャルを持ったNPOも増えてきていると思います。最近のNPOでは、大企業から転職してきた人や、企業という器を取るのか、NPOという器を取るのかを考えた上でNPOを選択しているリーダーの方も多い。つまり、NPOを選んだ理由を自分の言葉で説明し、取り組む方が非常に増えているということだと思います。ついでに言えば、日本では、NPOをNot For Profitではなく、Non Profitと誤解している人が多いと思うし、それは非常に不幸なことです。NPOが利益をあげちゃいけないわけではない。課題解決のために適切に利益をあげようという考え方をしているわけです。私はそれが非常に重要なことだと思っています。

ビジネスをする相手の国がどのように豊かになっていくのか、という視点が大切

古森:
海外に目を向けてみると、営利目的でも非営利目的でも優秀な人材はいるし、情熱を持った人もいる。違う立場、違う時間軸、違う枠で、それぞれ活躍しています。そんな人たちがうまくコラボレーションして、良い変化が起きている。日本ではNPOの歴史はまだ浅いけれど、これからようやくそんなコラボが始まる。そんな感じでしょうか。
それでは最後に、このようなプログラムに興味のある方に対して、一言ずつメッセージを頂けますか。

瀬川:
この活動のことだけではないのですが、私が会社に30年いて思うのは、若い人は「これせいあれせい」と言われて育つのではないということ。私たちの役割は、若い人が自分で考えて何かできる”場”をつくることだと思っていて、その”場”というものが「日本から離れて、どうなるかわかんないよ」ってところなら最高かなと(笑)。そんな”場”づくりっていうものを、ぜひ考えていただきたいと思っています。また、私もそこを頑張りたいと思います。

川嶋:
当社でこのプログラムに参加している社員は必ず活動報告会を開くんです。新興国での経験をみんなでシェアしましょうというものです。今の瀬川さんのお話で“場”という言葉が出ましたが、日本のなかでも同じように、体験をシェアし合える場をつくれないかなと思っています。我々はITの専門家なので、たとえばパナソニックさんのように家電の専門家の目でものを見ていないし、リコーさんのように複写機やカメラという領域でも見ていません。クロスフィールズさんのように留職という視点でも見ていない。だったら、そういう人たちをネットワークして、経験をシェアして輪を広げていければ、それはとても面白い”場”になるのではないかと思います。

山本:
今回、私はグローバル人材育成のプログラムのなかで紹介されましたけれど、自分がグローバル人材なのかと問われると、悩むところがあります。自分にとってグローバル人材が何なのか、自分のなかで答えを出していく必要があると思っています。巷で言われるグローバル人材とはギャップがあるかもしれないと思っています。ただ、私がこの留職プログラムに参加して変わったことがあります。実は私、そんなに英語が得意ではなくて、海外の方とやり取りするときにはためらうことも多かったのですが、留職参加後はいろいろな海外の方とやり取りできるようになりました。そんなやり取りのなかで、グローバル人材についてヒントとなることを、ある新興国の方から教えていただきました。
今、世界中が新興国を市場として見ていますが、世界中がものを売るためだけに自分の国に来るとしたら、その国の人はいい気持ちがしないと思うのです。その方が言うには、その国がどう発展してどう豊かになっていくのか、そういうことをちゃんと共に考えてくれる企業を現地の人間は選ぶと。自分たちの顧客を大切にするだけではなく、その国がどのように発展して、そこに住む人々がどう幸せになっていくのか。その成長に日本企業がどう関わってくれるか。そこまで考えてくれることが大事だと、彼は言っていました。私はそこに、グローバル人材のヒントがあるような気がしてなりません。

パネルディスカッションの後には、懇親会も実施し、各社の人事部・事業部・CSR部の方同士の交流の場として、更に盛り上がる時間となりました。

クロスフィールズでは、今回のようなフォーラムを継続的に開催していく予定です。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

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